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札幌高等裁判所 昭和59年(ネ)272号 判決

控訴人

星野実

右訴訟代理人

武田庄吉

武田英彦

被控訴人

河野タカ

(旧姓金谷)

右訴訟代理人

藤井正章

二宮嘉計

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金二六万二八〇二円及びうち二一万二八〇二円に対する昭和五五年一〇月二六日から、うち五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項の1に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、控訴の趣旨として「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴の趣旨に対する答弁として「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正〈省略〉するほかは原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

一請求原因1及び2の各事実については当事者間に争いがない。

二請求原因3(一)の事実のうち、被控訴人がその主張のとおり各病院に入、通院し治療を受けたこと及び被控訴人の後遺障害の程度が後遺障害等級第一四級一〇号と認定されたことについては当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によると、被控訴人は昭和五六年六月一一日に後遺障害について症状固定と診断されたが、その当時の症状としては、他覚的には格別異常が認められないものの、自覚的には、頭の中がすつきりせず、時に後頭部が激しく痛むほか、気分的にいらいらしやすく、後頸部の筋肉が張り首を動かせなくなることや耳鳴りが生じることがある等の状況にあつたこと、また、現在においても、常に頭の中が重苦しく、特に天候の悪い日等においては気分がいら立つ等の状態にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三そこで、本件事故により被控訴人の被つた損害額について検討する。

1  治療費及び及川整形外科医院についての通院交通費 五九万九一九〇円

請求原因3(二)(1)及び同(2)アの事実については当事者間に争いがない。

2  札幌脳神経外科クリニックについての通院交通費 五〇〇〇円

〈証拠〉によると、被控訴人は、控訴人が損害賠償保険契約を締結していた北海道共済農業協同組合連合会側の求めに応じて、後遺障害の状況についての診断書を得るため、昭和五六年六月一一日、岩見沢市内の自宅から札幌市内にある札幌脳神経外科クリニックにまで赴いたが、その際、知人の渡辺春夫に運転を依頼し、同人の車両に同乗してその間を往復したこと、そのため、被控訴人は同日ころ同人に対し右車両の運行に伴う燃料費及び謝礼等として一万円を支払つたことが認められる。ところで、被控訴人が、右のとおり岩見沢市内に居住しているため札幌市内の地理に詳しいとは認め難いこと及び本件事故により前記のような傷害を被つたものであることに照らすと、被控訴人が同クリニックにまで赴くに当たつては、知人の車両を利用し公共輸送機関を用いなかつたとしても、そのこと自体やむを得なかつたものと認め得るところであるが、岩見沢市と札幌市との距離及び走行時間等からみるならば、右のとおり好意による車両の運転者に対する実費、謝礼の支払としては五〇〇〇円程度をもつて相当とすべきものと解される。したがつて、被控訴人の同クリニックへの通院交通費については五〇〇〇円をもつて損害と認めることとする。

3  家事代替者雇入費用 一五万円

〈証拠〉によると、被控訴人は本件事故による受傷後の昭和五五年一一月一日から昭和五六年三月二〇日までの間、友人の佐藤キヨに対し被控訴人方の家事全般の処理を依頼し、同女に対し一日三〇〇〇円の割合による合計四二万円の金員を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、〈証拠〉によると、被控訴人は昭和一三年一月二二日生まれ(本件事故当時四二歳)であつて、本件事故前に離婚し、右支払がなされた当時は一人暮しであつたこと、一方、本件事故による被控訴人の傷害の治療に当たつた医師は、後遺障害が症状固定した昭和五六年六月一一日までの間、被控訴人に対し安静を指示していたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の各事実に、前記のとおりの被控訴人の受傷内容を考慮するならば、被控訴人の支出した前記の家事従事者に対する費用のうち、昭和五五年一一月分ないし昭和五六年一月分における各五万円合計一五万円については本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当であり、その余については失当というべきである。

なお、控訴人は、右費用の支出について、被控訴人の後記認定の休業損害とは別個の損害として評価すべきではないと主張するが、右認定のとおり被控訴人が現実に右費用を支出したものである以上、その全部を休業損害の認定をもつて代え得るものとすることは妥当でなく、右支出のうち相当額については別個に損害として認めることが相当であると解される。

4  休業損害 一一五万二六五四円

被控訴人は、霊感師を本業とし、易を副業としていたほか、印鑑、表札等の販売も行い、これにより本件事故当時、少なくとも一か月五〇万円の収入を得ていたとして、右収入額を前提として休業損害を請求する。

〈証拠〉によれば、被控訴人は、倉田多加代の名で、本業として昭和四四、五年ころから霊感師として稼働していたほか、昭和五一年以降は易学士を副業とし、その後更に「開運印鑑」の販売等にも従事して収入を得ていたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

しかしながら、被控訴人は右営業に従事することにより本件事故当時一か月五〇万円の収入を得ていたことについてはこれを認めるに足りる証拠はないし、その他、被控訴人の収入額を実額で的確に把握し得る証拠資料も存しない(なお、被控訴人本人尋問の結果中のこの点に関する供述は、そのまま信用することはできない。)。この点、被控訴人は、本件事故当時、一か月五〇万円を下らない収入を得ていたものであるが、被控訴人には帳簿等これを直接証する証拠がないので、このような場合には、被控訴人の支出額により収入額を推定するのが妥当であると主張するが、一般に支出額をもつて収入額を推定するのが合理的であるとの経験則は存しない(世上、収入が少ないのに、借金等により多額の支出を伴う生活をするなどの事例は数多く存するところであつて、一般に支出額は必ずしも収入額に見合うものとはいえない。)から、被控訴人の右主張は失当である。

そこで、被控訴人については、具体的な収入額を認定し得ない以上、収入額を算出する合理的な方法としては、賃金センサスによる女子労働者の平均賃金(賃金センサス昭和五五年第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者学歴計四〇歳から四四歳までの分による。)に基づいて算出するのが相当であるといわなければならない。被控訴人の収入額は、月額現金給与額一二万四一〇〇円、年間賞与その他特別給与額三四万八〇〇〇円となる。

そして、被控訴人は、前記3のとおり本件受傷後、後遺障害が症状固定するに至つた昭和五六年六月一一日までの間(二二九日分)、医師から自宅での安静を指示されていたのであるから、被控訴人は、右の間、右受傷により事実上営業に従事できなかつたものと推認することができる。

そうすると、被控訴人の右期間における休業損害の額は次のとおり一一五万二六五四円となる。

5  将来の逸失利益 一八万三七二〇円

被控訴人は、「霊感師」とは、精神の統一により感得するいわゆる霊感によつて、物事の吉凶、人の運勢等を判断することができる者であつて、生まれながらにして特殊な能力を備えた、極めて少数の人間のみが従事し得るものであり、「霊感」によつて運勢等を判断するには、精神の統一を図り、一切の雑念を払拭して無我の境地に至ることを要するところ、被控訴人は、本件事故による受傷により後遺障害が残るに至つたため、精神の統一が全くできず、「霊感」を感得することができなくなつたため、霊感師としての職業に復帰することが不可能となつたと主張する。

しかしながら、「霊感」なるものは、科学的合理性をもつてしては説明の困難な、不条理の世界にかかわるものであり、その性質上、右の「霊感」なるものがそれ自体果たしていかなるものか、また、それがいかなる能力に由来するのか、被控訴人に霊的能力が存していたものか、いずれも訴訟上の証明になじみにくいものであつて、これを科学的合理的に確定することはできないものであるから、本件受傷により被控訴人のいう「霊感」が失われ、その結果、将来にわたつて霊感師として就業することができなくなつたものと認めることはできないので、被控訴人が本件受傷により従前の稼働能力を全面的に失つたものと認めることはできない。

そして、前記のとおりの被控訴人の後遺障害の部位、程度及び現在の症状等を考慮するならば、本件受傷による被控訴人の従前の稼働能力の喪失割合は、五パーセントで、その継続期間は後遺障害の症状固定の日の翌日以降二年間であると認めるのが相当である。

そこで、被控訴人の本件受傷による将来の逸失利益の事故時の現価を年別のホフマン式により年五分の割合による二年間の中間利息を控除してこれを計算すると、次のとおり一八万三七二〇円となる。

(12万4100円×12+34万8000円)×0.05×2=18万3720円

6  慰藉料 一二〇万円

被控訴人の本件事故による受傷の程度、入、通院の期間、後遺障害の内容、程度、従前の業務に対する支障等諸般の事情を考慮するならば、右事故による被控訴人の慰藉料としては一二〇万円が相当である。

(以上1ないし5の損害小計三二九万〇五六四円)

7  損害の填補 三〇七万七七六二円

請求原因4の事実については当事者間に争いがない。

そうすると、被控訴人の損害填補額三〇七万七七六二円を控除した被控訴人の残損害額は二一万二八〇二円となる。

8  弁護士費用 五万円

被控訴人が控訴人から任意の支払を受けることができなかつたため本訴の提起、追行を被控訴人訴訟代理人に委任することを余儀なくされたことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件における認容額及び本件訴訟の追行の程度等に照らすならば、本件事故の発生により控訴人の負担とすべき被控訴人の弁護士費用については五万円が相当である。

四以上によれば、被控訴人の本件事故による損害額は二六万二八〇二円となるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は右金額及びうち弁護士費用を除いた二一万二八〇二円に対する本件事故発生の日である昭和五五年一〇月二六日から、うち弁護士費用である五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと異なる原判決を本判決主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九六条を適用し、なお、原判決の仮執行の宣言の効力の残存する範囲を明らかにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官柳田幸三 裁判官中路義彦)

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